生活とインフォーマリティ -建築士2020.4月号

表紙:路上の小屋たち。日用品、スナックなどを売るキオスク。
右奥には低層の住宅があり、そこに取り付くように小屋が並ぶ。

街はインフォーマルなもので溢れている。首都カンパラ近郊では、高層ビルや低層住宅があちこちで建設され急激な変化が目に見える一方で、そこに生活している人々の暮らしは緩やかで、その変化に慌てるでもなく媚びるでもなくマイペースに淡々と営まれている象を受ける。そんな人々の生活と切り離せないのが、路上に溢れ出すインフォーマル、いわば非合法な小屋の数々だ。野菜、魚、乳製品、携帯電話など様々な日用品を売り買いする商店でありながら、バイクタクシーや乗合バスの運転手たちの待合場、情報交換や社交の場としても大きな役割を果たしている。

野菜をうる小屋。野菜を日差しから守るため、パラソルと途端を併用している。路上からよく見えるように並べ方にも工夫がある。

レンガ造の家や商店などに取り付き、あるいは独立して路上に建ち並ぶ小屋たちは、非合法であるため、役所や警察といった権力が気まぐれに発動されれば、いつ立ち退きを命じられるかわからない。一方で、商店という性質上、商品や建物自体が路上から目につくような必要があり、彩度の高い色で全体を塗り、絵や文字を書くなどよく目立つので、その矛盾した佇まいは愛らしく興味深い。ふと立ち止まり、よく観察すれば、強い日差しから商品を守る日除けがついていたり、路上の土埃から商品を守るような膜が見られるなど雑な施工の中にもその場に応じた繊細な工夫が見てとれる。
安価かつ安易に手に入る寄せめの木材やトタンを組み合わせてつくられたそれらは、強い風が吹けば飛ばされそうだが、いつ立退きを迫られても、また商売上の理由などで店を閉じることになっても、店主自ら簡単に解体して、その材料でまた他の場所に持っていける。「いつ何が起こるかわからない」ということを前提にその場の状況にうまく応じた工夫の一つの形だとも言える。
昼は味気のない店先に、夜になると小屋が並ぶこともある。日が暮れはじめると、どこからともなくパラソルや小さなカウンターのようなものが持ち出され、あっというに商売が始まる。
無秩序に並んでいるように見えるが、その地域に住む人々独自のルールや周辺の状況に合わせながら、未整地の凸凹した道の中で一番良い足元を探し能動的に日々の状況に合わせていく様子はとても自由だし、軽やかで力強い。

これらのインフォーマルな小屋は、隣り合う他の小屋や家、周辺の樹木に依存しながら成立していると同時に、フォーマルな(合法的につくられた)建築や都市計画もこれらと互いに関係している。互いに相対しながら、しかし同時に存在することで、生活の場が担保され街として成り立っている。周辺の環境や自分の身に明日何が起こるかはわからない、という前提は今日ウガンダだけに当てはまることではないだろう。だからこそ、自らの工夫であたりまえのように日々生活の場をつくる姿と適応力には強さと魅力を感じ、そこから学ぶことはとても多い。

バイクタクシーの待合近くのキオスク。倉庫となる小屋から庇が深く出てその下が売り場になっている。前に置かれているのは主食のバナナ。